2012年08月13日

釜石の教訓



先週金曜日、シカゴで永木に渡り活躍をされている日本人の大先輩達と、「シカゴで一番旨い!」イタリアンディナーを頂いている時、血の気が引くお話をお聞きしました。

先輩ご夫婦が、今年の3月11日、たまたま東京の大手家電店にいらしたそうです。14時46分になり、家電店内TV全ての画面が黙祷を捧げる事を通告しているにも関わらず、店内にいる人の殆どが全く気にせず、黙祷どころか何もないかの如く平然と無視をしていたそうです。

一体日本人はどうなっちゃたんでしょう?

群馬大学教授片田敏孝さんの著書、「命を守る教育」をある方からお借りし、子供達と一緒に読みました。
災害社会工学を専門とする片田教授は、防波堤だけでは津波被害を防ぐ事ができないという発想から、災害に対して強い社会作りを目指し三陸各地域に呼びかけたところ、釜石市が手を上げ共に取り組んで来たそうです。


「犠牲者ゼロ地域作り」

ー 津波等自然災害に対する危機意識と対応能力を持つ社会の確立。
ー 災害時に適切に対応できる仕組みつくり。

この様なテーマで講演を開いても、大人の反応は鈍かった。

そこで、片田さんが思いついたのが、子供への教育でした。
そして、学校が提案して来たのが、津波災害の避難訓練をするだけでなく、日常授業に津波を題材とした題材を織り込む事。算数の計算式学習に津波の力学などを取り入れたり、津波に関する作文を書いたり、津波への意識を高めて行く教育です。


この結果、釜石市では不幸にも当日病欠していた5人の児童を除いて、全ての生徒が助かったそうです。
あの被害の中、生徒達は自分で判断をして、中学生が小学生の手を引き、幼稚園児や年寄りを背中におぶり、適切な非難行動をとり、「助けられる側」から「助ける側」になり、多くの命を救ったそうです。


この本に掲載されている生徒達の作文を読むと、

「家族と一緒にいられる有り難さ」
「食べ物を口にできる有り難さ」

と言った、我々が日常当たり前過ぎて気にもしていない事を、心の底から再認識させられる文章や、

「亡くなった人のためにも、生きる意思を強めた」
「忘れてはいけない経験を多くの人に広める」

と言った、前を向いたポジティブな文章が多く見られます。


日本の心臓部東京で、明日地震が発生したらどうなるのか?
どう対応しなければならないのか?

大地震は必ず来ると考え、「命を守る教育」を今日からでも始めないといけない。



このYou tubeを見て下さい。
釜石の子供達の素晴らしいメッセージを聞いて下さい。
大人でも考えない様なことを、釜石の小学生が言っています。それも、当たり前のように。




一日も早く始めないと。


日本にいる家族、友人、恩師、日本に住む全ての人のことが心配不動産



  
タグ :人心


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 19:28Comments(0)教育

2012年07月19日

教育:アメリカと日本との違い



“シカゴデー in 東北”にて、シカゴ郊外から来た日系二世の高校生が日米の架け橋役として大活躍!

今回の“シカゴデー in 東北”に際し、日本経済新聞シカゴ支局の野毛洋子さんのご尽力により、現シカゴ市長でオバマ大統領右腕的存在で元ホワイトハウス主席補佐官を勤めていたRahm Emanuelさんから、夫々女川町長と釜石市長へ親書が送られることに。

勿論親書は英語で書かれており、それに日本語での翻訳文が添付してあったので、夫々英語と日本語をアメリカ生まれの高校生2人に読んでもらう事にした。

突然の企画に、本人達は少々緊張気味。
しかし、誰に言われる事もなく、英語担当も日本語担当も事前練習に励み始めた。そしてそこに、元シカゴ日本語補修校の同級生で現在名古屋の高校に通う友人が漢字指導を買って出る。




市長が書く親書。内容が内容だけに、英語も日本語も高校一年生には慣れない単語だらけ。しかし、こう言う試みには、成功も失敗もない。誠意を持ってベストを尽くすことが一番と肩を叩いたが、そうは言ったものの、多くの人の前で文章を読むというのは、大人でも凄く緊張するものである。

出番前の緊張した趣の二人。何故か!? コニタンまで緊張している様に伺える・・・




ところがどうでしょう!?


女川町でも、




釜石でも、





皆さんの前で正々堂々と、立派にエマニエル市長のメッセージを伝えていました。

驚くべき事とは、二人を紹介した時には少しざわざわしていた会場も、一人が英語の文章を読み始めると、水を打った静けさに。誰一人としてコソコソ話もせず、子供達の鳴き声や小言も一切無い状態に。これは圧巻でした!

二人とも詰まる事もなく、落ち着いた声で最後までしっかりと読み上げた時には、一斉に拍手が。

「アメリカ育ちだから英語が読めて当たり前だよ。」とか、「日本人なんだから日本語が読めて当然だろう。」とか言う問題ではありません。一番上の写真を見て下さい。釜石では、1000人からの人が見守る中で、大人でも緊張して読み切れないであろう状況下でです。

ここが、アメリカと日本の教育の違いなのです。この子達は、小学校の頃から人の前に出て自分の言葉で話す訓練を受けています。人の前に出て話す時に、何が大事で何を忘れてはいけないかの教育を受けています。単なるHow toではなくて、しっかり人に伝えるということはどういうことなのかという教育を受けているのです。恐らく、この二人でなくても、会場にいた他のアメリカ帰りの学生達も、きっと同じ様に堂々と文章を読めたと確信します。

「流石に英語が上手いね」とか、「アメリカで生まれても漢字が読めるんだね」という表面的なことではなく、一歩突っ込んで「高校生が良くあのような場で立派に全う出来るね。」とお考え頂きたい。


世界の学生は、自分達がどう発信するか、どうやって相手に自分の意見を伝えるか、そしてどうすれば相手を説得出来るかを考えて教育されています。日本の教育も、先生が一方的に話し、生徒がノートを取るのではなく、生徒同士が、時には生徒から先生へ、相互通行なメッセージを伝える機会を与える必要を感じます。

私の娘が通う中学では、時に生徒が授業をやる日が設けられています。皆さんもご存知の通り、教えるという行為ほど学べる機会はないこともあります。


その一方で、アメリカ育ちの子供達は時折フレンドリー過ぎちゃったりします。

須田善明女川町長より、目頭が熱くなる程感激的なメッセージを頂きました。


でもやはりこの辺は、アメリカ育ちの子供達、記念撮影でのこの馴れ馴れしい態度に、須田町長も苦笑い!?



釜石では、市役所観光局菊地課長の粋な計らいで、来訪者の皆さんに呼びかけて頂き、釜石市民皆さんの声で、

“ Thank you for Chicago! ”と英語で有り難いお礼を頂戴しました。


Day in 釜石?が抜けてしまっていましが、心の底から嬉しいお言葉です。


たった二日間の“シカゴデー in 東北”でしたが、数多くの体験をさせて頂きました。

逆に、我々から、、" Thank you all in 釜石 for having us! " と申し上げたい。


今日は長め不動産






  


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 07:16Comments(0)教育

2012年05月27日

お礼を言う時



みなさんは日常、どんな時に、どんな人に、どんか形で、お礼を言っていますか?
お礼を表現する言葉も様々で、その表現によって深さや重さが違ったりしますよね。

「ありがとう」  一番当たり前な表現だけど、意外と照れくさく思っていませんか?
「サンキュー」  音的には"3・9"って感じ。世界で一番外来語を使う国は日本だと思います。
「どうも」    日本人の大好きな短縮型
「わるいね・わりーね」   日本人独特の気の使い方
「すまんな・すみません」  お礼を言うところで、謝ってどうする?

日常的にはこんな感じでしょうか?

「礼を言うよ」 なんて上から目線で畏まって言われても有り難味はないですよね。


アメリカ人は、“Thank You”を多用します。常に、どんなことにも笑顔で"Thank You"と言います。Emailの文末で今一番多い表現は、"Thanks"だと思います。私も"Thank You"を一番意識しています。

しかし、アメリカ人は、お礼を言うところと、そうでないところの区別も各人明確であります。それぞれの意識の中に明確な指針があるように思えます。むやみやたらに"Thank You"というのではなく、心の中から言う言葉である証ではないかと実感します。

アメリカかぶれしていると思われ勝ちですが、日本で、ウェイトレスの人に「ありがとう」と言うと一瞬驚いて、凄く嬉しそうな笑顔を見せてくれることが多いです。一度、虎ノ門のキオスクで「ありがとうございます」と言ったら、きょとんとして、「そんなこと言う人、最近いないよ」って言われたことも。。。

私も仕事中、お客様に「ありがとう」と言われるのが一番嬉しい。

今日から、日本中、一日にありがとうを100回言う法令を実施したらどうでしょう。
国中が明るくなり、景気も良くなるんじゃないかと思うくらいです。


我が家では、いつからか、一日が終り就寝する前に、子供達が「今日も一日ありがとう」と言ってベットに入ります。
自分が自分の親に言って来なかったことを、何故か何時の日からか、自分の子供が自分に言ってくれる。


「ありがとう」と何回言えるか。
「ありがとう」と何回言われるか。

FacebookでもShareしましが、娘から父へのありがとうのBig Hug、ご覧下さい。



ここまでできるか?不動産



  
タグ :人生の機微


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 22:36Comments(0)教育

2012年03月06日

student Loan



現在、アメリカが密かに抱えている大きな問題は、Student Loanです。日本で学生ローンというと、なんか遊びに使ったようなイメージですが、アメリカ政府が経済的に厳しい生徒に、「出世払い」的な学費ローンを提供しています。

その総額がなんと1 Trillion Dollars。今日の為替だったら81兆円ということになります。想像を絶する金額です。

彼らは、卒業後ある一定のルール内で返済をしないといけません。支払いが終了しないと生涯追われます。金利は、現状だと6~7%年率。
個人破産をすれば支払い免除になりますが、その選択肢も非常に厳し過ぎる。

デモを行なっている若者は、「不景気で、政府は大手企業は支援するのに、なぜ職の無い人間を支援できないのか?」という訴えをしています。

関連記事をご覧下さい。


親や自分の置かれた環境に関係なく、高度な教育を受ける機会を均等に与える制度は素晴らしい。
このローンは、本人や親の担保を要求するのではなく、学生が自分の将来を売り込み、金融機関がその生徒の将来に投資するという、非常に前向きなローン制度には大賛成です。

しかし、全てが過去の延長線上で計画されて来ている中、過去から積上って来た宿題を今後どうやって解決して行くのか、Obama政権の挑戦は続きます。
金融機関は、この1 Trillionを適正化するために、また社内のコスト削減を図る。そうなると、益々雇用機会が減る。

アメリカは着実に3%前後人口が増加する国。今は、焦らずに堅実は景気回復案に期待を致します。


家の長男も、順等に行けば後2年半で大学に入る予定・・・長男にも奨学金やStudent Loanを検討してもらいます。


ほどんど、、、小卒不動産



  

Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 23:46Comments(2)教育

2012年02月27日

大学教育



The Atlanticの大学に関する記事です。

アメリカと日本の大学との違いは、こんなところにもあります・・・

ー アメリカの大学は学費が高過ぎる。自分の居住する州(In-State)と州外(Out-Of-State)では大幅に学費が異なりますし、収入によっても学費が変わります。

ー 例えば、イリノイ州立大学にIn-Stateの生徒が通うとフルの場合は年間25千ドル程度(学費/寮費/経費含む)、しかし、Out-Of-Stateの生徒はフルだと年間4万ドルの費用がかかります。
但し、収入別に学費が異なるところがアメリカの良い所です。例えば、In-Stateで家庭年収が48千ドル〜75千ドルの場合は、年間18千ドル程度に、年収3万ドル以下の場合は、年間で7千ドルに減額されます。ですから、結果として生徒全体の48%が何らかの形で奨学金か支援金を得ていることになります。ちなみに、4年間での卒業率は全校生徒の65%。

ー またそれ以外にも、アメリカでは本人の学資ローン制度も多くあり、両親が子供の学費を支払う場合税金控除が適応され、多くの生徒が大学に行ける様に制度を作っています。

ー 日本もアメリカも、学位を取得するために大学に行く目的は同様。しかしアメリカの場合は、その学校と学位の内容によって就活状況や初任給まで全く異なる事が多々あります。例えば、イリノイ州立大学Champaign校の工学部をトップの成績で卒業すると、初任給で8万ドルもらえる事もざらにある。



色々な措置が取られ公表されていますが、基本的に全て交渉ができるというのが日本とアメリカとの一番大きな違いです。
入学、学費、単位、卒業、全てにおいてです。

私の尊敬する友人の一人で、30代半ばで新聞記者から弁護士に転身した彼は、日本の大学の卒業単位をフルに活用し、強烈に集中して学習し、一年間でUniversity of IowaのLaw Schoolで学位を取得しました。日本ではあり得ない・・・


日本学校社会に、この柔軟性を求めるのは厳しいですかね?


長男、15歳、来週日本人学校中等部を卒業します。
彼は、アメリカの4年制高校ではすでに2年生の半ば。アメリカは大学受験が無い分、Collegeを目指す彼は高校に入学したと同時に日頃の成績を問われ続けています。そして、カウンセラーからの質問は、「どこの大学に行きたいの?」ではなく、「将来どんな職に就きたいの?」です。ここで言う「どんな職?」は「どんな会社に入りたいの?」とは大きく異なります。

まず「職」を選んで、よりよい条件を得るために、大学を選択する。

実は、この辺の思考が、日本と一番異なるところなのかもしれません。


しかし、日本の仕組みも捨てたものではありません。
経済学部体育学科卒の私でも、上場企業の幹部にまで引き上げて下さいました。
それこそ、自分が中学卒業する頃は、最悪に腐っていた時期で、『職?』『大学?』毎日全く何も考えていなかった。

こんな大人に成れたのも、皆様のおかげです。


「目標を持てば、道は開ける」先週お仕事の機会を下さった、40才の起業家10年の大先輩に教わりました。


ブレないで行くぞ! どっしり不動産






  


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 00:09Comments(2)教育

2011年02月24日

「差別」 "Discrimination"



アメリカでは、過去9年間で"Online College"で学ぶ学生が832%も増加し、現在では2百万人を越える学生が「学位取得」の為学習しているそうです。


何故、Online Collegeか?

技術の発達/コンピューターネットの普及/低価格/時間の柔軟性/場所の柔軟性などが上げられると思います。


先日、ある友人と話をしていたところ、就活を行なう際大卒かそうでないかで大きく違うという話を聞きました。それは、どの国でも共通で、アメリカでも大学卒であればより高い職につけるという事実からOnline Collegeが普及しているのだと思います。

日本ではどうでしょうか?


しかし、日本とアメリカの大きな違いは、日本は就職をする際「年齢制限」があること。EU圏に精通していないので現場の事情を知りませんが、皆さんご存知の通りアメリカでは、年齢による差別は法律で禁じられています。

ですから、「大卒、35歳以下 募集」なんて広告を打ったら、直ちに訴訟対象になり罰せられます。

いくら文化の違う国とは言え、先進国間の法律で一国では違法とされ、もう一国では正当と扱われている事例は極めて少ないと思います。
後進国なら仕方が無いと言う意味ではありませんが、ありとあらゆる面で日常的に交流のある日本とアメリカ間で、ここまで明らかに法律が異なっていることが話題にならないことに私は違和感を感じて止みません。

トヨタ自動車の北米社長がセクハラで敗訴し莫大な保証金を支払った事例は、完全に訴訟のプロの「罠」にはまった話なのでちょっと気の毒ですが、日本企業がアメリカで業務を行なっている際に、文化の違いから来る際どい場面を日常的に良く目にします。

「どちらの国が正しいのか」という論議ではなく、「人間としてどれが正しいのか」という観点で再考する項目だと思います。
あるいは、「ビジネスとしてどう成功するか」という観点でも良いかもしれませんね。

前職で、現地法人で社長職になった頃は、「おいくつですか?」とか"How old are you now?"と日米の方から何度も聞かれた記憶がありますが、現職についてからは、誰からも聞かれたことがない気がします・・・

「見れば分かるだろう!」ってことでしょうか!?


誰が何と言おうと「40代不動産」

“っえ!?”と思った方、是非コメントを頂戴したいと思います。




  


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 22:06Comments(11)教育

2011年01月17日

大学入試>就職活動>卒業>就職




日経ビジネス記事、河合薫 新・リーダー術 即戦力をめぐる企業と大学の“共犯”関係の記事を読んで感じたこと。



【大学っていったい何をすることろ!?】

河合薫さんは、
「かつての大学は間違いなく「学問」をする場だった。」

と書き出し、
「今の大学は企業の“下請け”に」

と論旨を展開されています。

まず、大学は、専門的な事を高度に学ぶ所と考えると、その目的は学問を追求することでも、就職のためでも、スポーツに打ち込むためでも、どんなところでも構わないと私は思います。

そもそも、大学の卒業とは、資格を得る事であるという発想が世界の常識と言えると思います。ですから文学部を卒業した学生が化学メーカーに勤めるという事は余りありませんよね。
日本では、どんな学士の資格をとってもどんな企業にも就職できるという自由度!?があります。これは、企業が入社後全員教育するから、それまでは文学部だろうが国際経済だろうが、みんな同じという発想だと思いますが。

では、なんで、このように「大学のあり方」を考えることがあるのか?
それは、日本の七不思議の一つ、「新卒採用」があるのではでしょうか。

世界中で日本だけが新卒採用という、“仕来り”に縛られています。
アメリカでも新卒採用がないわけではありませんが、中途採用が当たり前な世界の常識において、新卒を逃すと将来は無いような“就活”文化を持つのは日本だけです。アメリカは、企業は勿論、官僚でも、政治家でも、どんな職業でも、“中途”が当たり前です。

新卒扱いになるために、留年をする学生が増加したとか!?
本末転倒です。
文科省は、“新卒枠”を卒業後二年間として欲しいと、企業に訴えるという記事を読んだ事があります。
これなど、本末転倒以下です。



アメリカも、1970年代までは一社で勤め上げるという文化が強くあったそうです。ところが、80年代に入って企業側が事業を再編し社員を切り始めました。
「会社を信用出来ないのなら、自力で生きて行かないと・・・」

という風潮になったそうです。

日本も、一日も早く“新卒”という不自然な発想を早く切り替えて、
「必要な時に必要な人材を獲得する」

社会になって欲しいですね。

勿論裏を返せば、
「必要でない時は必要でない人材は放出する」

ことになりますが、それが自然の法則だと思います。

昨今の景気で、実際日本でもこの現象が起きて来ていますよね。でも、日本は最悪なことに、それを“能力”や“実績”ではなくて、"年齢”という法則で人を切っている。これはアメリカでは法律違反ですから・・・

いずれにしろ、乱暴ですが、『バランスの取れた競争』がない社会は衰退してしまうと思います。

競争歓迎!



WHITE CUBE LLCがシカゴ地区不動産業界に参入して以来、ニッチな業界では大きな変化が生まれて来ています。
競争があるからこそ、自分も強くなれる。


挑戦不動産
  


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 23:27Comments(8)教育

2010年12月02日

QUESTION = 質問/疑問/問題/提案/論点



Question Markを見ると疑問?を連想しますが、Questionには色々な意味があるのですね。

本日、日経Web版の記事で驚くべき事実を発見しました。文科省の発表で、2009年度公立小中学校の55.4%が未納であったと。ここまで来ると、保護者の問題を越えて学校側の対応にも大きな疑問???が生じて来ませんか???

原因は、「保護者の責任感や規範意識の問題」が53.4%???
対応策は、「家庭訪問による督促」が78.4%???

食事を頂いて、お金を払うのは当然の義務。取り立てに行くのではなく、呼び出して払わせるのが筋。支払わなければ、給食の支給をしないのが当たり前です。以前説明したアメリカの学校のように、二回チャンスを与え三回目からは支給をしないという方法は適切だと思います。

経済的な問題が生じた家庭には、規定を設けて補助すればよろしい。それも、一時的な危機であれば、脱した後に分割で払い戻す仕組みを作ればよろしい。それほど難しいことではありませんよね!?

しかし、給食費を踏み倒す保護者に育てられる子供が、将来立派な社会人になれますか?
給食費を支払うというのは、教育以前の問題だと思います。


教育に関して興味深いコメントを頂戴しているので、前回のブログへ頂いたコメントを下記に転記させて頂きます。



Posted by 東 邦彦 at 2010年11月28日

仰る通り、全てに共通していることが、
プロである前に人としてシッカリしていることですよね。

父親も私学育ちだった御蔭か小生自身も私学育ちで...
その事が自分自身に良い影響を沢山齎してくれたので、
娘~ズも私学へ通わせ続けています。

自分が父と同じ立場になった時...
それを続けることが、どんなに大変なことかに気付かされました(^^;

ただ、米国の元ボスや友人達が、
娘~ズが一貫してPrivate Schoolに通っていると知った当初は、
「何故?」と必ず言われました。
Takさんが書かれているPublic Schoolが一般的ですし、
そんな学校が地域のCommunityや家との連携をシッカリとって
学校が地域のLand Markにだってなっています。

残念ながら日本では得られない環境です!?
勿論、日本の国公立教育の全てがNGではないと思いますし、
そこに素晴らしい先生や実績もあることも事実だと思います。

ここで我が家の家訓ですが...
「学校にお金が掛かっているのだから
 学校で学べることは解るまで帰ってこない。
 学校で学べないことにだけ学校以外に新たな投資をしても良い。」

自分もそうでしたが...娘~ズにも貫いています(笑)

得られないものは自分で創る東インド会社



Posted by COO at AIGC, Inc. at 2010年11月28日

教育の分野に15年携わってきました。バイトも含めると約20年です。日野原重明医師は、躾は仕付け糸のようにと、教育の先輩は、一人前になるには100人の手が必要、そしてホストファミリーの母で元私立小学校校長(ミシガン州)は、完璧な人間はいないのだから指導者も間違えて良いが、素直に間違いを認め正せす姿勢を見せる事が大切だ、と私は教わりました。
保護者は親や身内だけではない、周囲の大人や年長者であると教わりました。


国民が総出で“保護者”になり、誇れる日本国民を創造しようではありませんか!
なんて、拳を上げてる雰囲気は政治家の街頭演説みたいですが・・・


疑問不動産

  


Posted by 大春 敬/Tak O'Haru at 00:34Comments(17)教育